UTMB完走記 7.ついにゴール! After race

ボンヤリしてたら2011年が終わって新年になっていた。2012年UTMB抽選もすでに行われた。倍率が高く落選した人も多いと聞く。テレビでも放送され今後もますます高まるであろうUTMBの人気。今回そして来年チャレンジしても当選できるか疑問だ。去年一回で完走できて本当によかった。しかし未だにゴールまでたどり付けていないこのUTMB完走記。すでに記憶が薄れてきてて特に後半は疲れもあったためか記憶があやふやな部分も多い。

Campex-Lacのエイドを出て直ぐにシャンペクス湖がある。湖を囲むように家が並んでいるが早朝で応援している人は誰もいない。バーだか飲食店だかの店頭テーブルにはグラスが乗ったままで深夜までドンチャン応援していたと思われる。今はとても静かだ。エイドで少し寝たのが良かったのか体が軽くなっていた。明るくなると風景が見えて距離感がはっきりする。何より道に迷う危険が減ったので安心する。道路をそれて左の山道へ入る。道幅は広く進みやすい。下り基調で歩き混じりの小走りで進む。何人かに抜かれるが気にしないで進む。木々が美しい道を進んでいるとあと少しでこのレースが終わってしまうことに気がついた。

ここから正規ルートを外れ、変更したルートへ進む。雨で道が荒れているそうだ。

本来の赤ルートが、青いルートへと変更になった。民家の軒先を通り、つづら折の道路を串刺しするように道路→トレイル→道路→トレイルという感じで下っていく。明らかにルートを臨時に準備したような細い道が続く。分岐には臨時にマークしたと思われるピンクのペンキでルートを記載していた。開けたところにでると眼下の小さな町を挟んで対岸の斜面をランナーが連なって登っている。蟻が隊列をなしているようだ。。あそこを登るのか。直射日光が照りつける南向きの斜面。ブドウ畑の中を長いつづら坂道が続いている。上のほうは木々中に進んでおり、その後どこに向かっているのかかわからないが、とにかくあそこを登る。

快晴だ。まだ朝なのにすでに気温が高くなってきており暑い。登りに取り掛かる前に上着を脱いで半袖1枚になった。半袖になったのは今回初めて。登りに差し掛かるとなんと急坂なことか!周りは歩いている。アスファルトの道はすでに照り返しがきつくなってきている。自分は日の光を浴びたころから調子が上がってきていたので調子よく進む。ごぼう抜き。途中で美しく整備されたブドウ畑のブドウを一粒いただいた。水分は少なめだが甘くて美味しかった。
この区間、抜き返されたのは一人だけ。足の長い金髪の青年。自転車ジャージを着ておりトライアスロンかクロカンスキータイプ。まだまだ元気そうで息も上がっていない。今までどこで道草くってたんだろうこの人。寝てたんだろうか?ついて行こうと思ったが簡単に千切られた。
アスファルト登りが終わりトレイルに入る。低山のトラバースで道幅が狭く、追い抜くのが難しいがタイミングを見計らって追い越していく。ここは調子よく走れた。下りになるとつま先が痛みゆっくりしか進めない。再び数名に抜き返される。下りきって線路を渡ると小さな臨時エイドがあった。コーラを飲んで直ぐにスタート。

直ぐに上りが始まる。家々の間に作られたアスファルトやコンクリートの坂道をほぼ直登に進む。所々激坂があり、息が上がり汗が吹き出るが、周りに比べると自分はまだ元気らしく、次々に追い越しながら進む。応援が多くなり、小さな私設エイドも出ていた。ありがたく飲み物をいただく。アスファルトの道を登りきって、これで坂は終わりだなと思って、熱を帯び始めていた足を冷やすため靴を脱いで川に入った。むちゃくちゃ冷たくて痛いほど。長くは入れない。靴を履いて進むと、さらに登りが続いていた。しかし、山道なので道路の照り返しは無い。ここも直登。右手には木々が、左には牧場が広がって日差しと緑が美しい。イメージしていたアルプスの美しい風景そのままで疲れてはいたがうきうきしながら坂を上った。

この辺りでゴールできることを確信した。この後のルートがどうなっているかわからないし、所要時間も設定時間もよくわからなくなっていた。さらに足はそこそこ痛むが、その他のコンディションからして行けるだろうと判断していた。確信すると元気になってニコニコしていた。上りは辛いが、確実にゴールに近づいていると思うと足が軽く感じた。

さらに長い直登は続いたが遂に登り切る。時間はどれくらいかかったかわからない。とにかくここの登りは長く、暑く辛かった。上りきったところには応援している人が沢山いた。片言の日本語で応援してくれる人もいる。元気をもらう。

山を少しトラバースして下るとトリアンのエイド。下り道の途中、日本人の方に、残る登りは1個だけであとはフラットなコースだけですと教えていただいた。La Tête aux ventsがコースから外れて、残る山はCotogne(2027m)一つ。高低差は700m程度なので陣馬山1本やるぐらいとイメージしてエイドを出た。この登りはかなりサクサク進めた。最後の登りなので力を出し切ろうと息が上がるののもお構いなしでスピードを上げて登った。なんだ、まだまだ元気だな俺、と思った。この区間もごぼう抜き。抜かれることは無かった。頂上から少し下ったところに道にテントだけの門のような小さなチェックポイントがあった。コーラのボトルが置いてあったが飲まずに先を急ぐ。下りはつま先が痛むのでスピードが出ない。何人かに抜かれる。山の中腹あたりから岩が多くなりテクニカルなコースになった。ここでも数人に追い抜かれる。

Vallorcineは最後のフードエイド。エイドには多くの応援が集まっており、マイクで選手の到着をアナウンスするたびに拍手が起こる。バナナをひとかけら食べて、コーラを飲む。水の補給をしていると、スタッフが日本人か?と聞いてきたのでそうだと答えると、おにぎりをくれた。日本人にあげてくれと、ある日本人にお願いされたという。しかも最後のおにぎりとのこと。とても嬉しかった。ありがとうと言ってポケットに入れてエイドを出た。
残りはフラットコースと聞いていたのでスタッフに残り距離を確認すると18kmぐらいと言う。まだ距離は結構残っているがフラットだし、風景を眺め楽しみながら走ろうと思っていた。ストックをバックに入れて川沿いの道をウキウキしながら小走りで進む。実に気持ち良い。天気も良いし眺めは美しい。足は痛むが体調は良く何よりゴールできると確信できることが幸せだった。ランナーに話しかけると、おめでとう!ありがとう!と帰ってくる。
この後、最後のチェックポイントを通過したと思うがあまり記憶に無い。ボトルには水が半分程度しか無かったが持つだろうと思い、補給も全くしないで進んだ。(この後、まだ結構距離が残っており水不足に苦しんだ。)
しばらく進むと右手の山沿いのトレイルに入った。あれ?フラットコースじゃないのかな?間違いかなと考えていると、突然、後ろから大きな声で集団が近づいてきた。男性ランナー2人とペーサーらしき女性1名。驚くべきスピードでやってきて、英語で付いて来い!と言われたのでテンション上がってしまい足が痛いにもかかわらず最後尾で付いていくことにした。彼らはまだまだ元気で楽しそうに話しながら結構なスピードで走っている。
自分も走れるじゃないかと、走っていることに驚きながら付いていった。この大会で唯一まじめに走ったのはこの残り8.7kmで、あとでタイムを調べると1時間15分ほどかかっている。まじめに走ったのでなかなかよい記録だろうと後日確認してみた。この区間1時間切っているのはトップ3人だけ。キリアンが51分!イケールとセバスチャンは59分。鏑木さんは1時間2分。トップ選手は最後も真面目に走ってるんですね(当たり前か)。

3人組と元気に走って何人もの先行者を抜いていく。何という元気だと感嘆の声をあげる人もいる。しばらく進むと靴紐が緩んだらしく先行する3人組みが止まってしまった。自分は止まる必要を感じなかったのでそのまま進んだが、これが3人組みの癇に触れたらしく、後ですごい剣幕で追ってきた。追いかけてくる途中で転んだらしく膝から血が出ていた。女性は息が上がっていた。別の男性はいなかった。Did you have fan? と揶揄されこっちもハートに火がついた。こいつだけには負けないと本気モードになった。
しばらく無言のままいいペースで進むとに目の前に急坂が現れた。フラットなコースなんかじゃ全然無い。2人はwow!とストックを突いて歩き出したが、自分はIt’s tough!と言い残して走るのをやめなかった。すぐに心拍数があがり苦しくなかった。2人は着いてこない。坂は2段階になっており急坂で長かった。振り返ると2人は歩いていたが、登りきっても走るのをやめなかった。足の痛みは消えていた。なぜこんなに元気に走れるのか不思議だった。とにかく手を抜かなかった。鏑木さんが2011のWS100のゴールにとても苦しそうな顔で突っ込んできたのを思い出した。優勝できなくても最後まで手を抜かないで走る姿になぜだろうと不思議だったが、後日、最後に長く走った後に短い距離でも良いので負荷を高くして終わると強くなるんですよ。と言っていたのを思い出した。
しかし、これはトレーニングでは無い。本番のレース、しかも外国で。ゴールできるのは確実だし、景色を眺めながら楽しく走ればいいじゃないかと考えたが歩くことなんて考えなかった。ボトルの水が残り少なく、唇が乾燥してきて苦しかった。最後まで持つのか心配だったが、走るのをやめなかった。苦しいのが気持ちよかった。まだ走れるじゃないか。
登りが終わり下り道になった。道幅も広くなり、街が近いことを知った。足指の痛みは無くなっており楽に走れた。道端に人が多くなり祝福してくれた。下りきって左に曲がると橋が現れた。シャモニーに帰ってきた。

川を渡り右に、川沿いに進む。多くの人が祝福してくれる。子供達にハイタッチ。すでに完走しているランナー達も笑顔で拍手してくれた。見覚えのある風景と道路。帰ってきたランナーを誰もが祝福してくれる。みんなこっちだこっちだと誘導してくれる。日本語の祝福もちらほら。街の広場をグルっと回ってゴールに向かう。あと少しでゴールというときに一人のランナーが自分の前にいたのでスピードを緩めた。ゴール地点には大勢の人が集まっている。おにぎりをくれた日本の方をたまたま見かけ、近寄ってありがとうございますと伝えた。とても嬉しそうだ。自分も笑顔だったと思う。最後も走ってゴールした。41時間57分54秒。
後でゴールした時の写真を見るととてもニヤけていた。

ゴールしてドヤ顔


嬉しかった。感極まって泣くかと思っていたがそうはならなった。カトリーヌさんはいなかった。代理人のようなおじさんと握手して直ぐにゼッケンの一部を切り取られた。何かの返金をしてくれて、完走者ジャケットをくれた。そのまま進むと、フードブースがあり食べ物、飲み物をフリーで提供していた。のどがカラカラだったので缶ビールを飲んだ。冷えていなかったがとにかく最高に美味しかった。一気に飲み干して2本目もいただいた。オレンジやパンを少し口にしたがほとんど食欲はなかった。2本目を空けてゴール地点をブラブラしていると先ほどのアメリカ人がゴールしていた。ナイスランだったな!日本で走ってるのか早いなお前。お前もナイスランだ。握手した。ビール飲むか?いや俺は飲まないんだ。そうかまたな。ペーサーの子にもお疲れと声をかけて分かれた。さらに数本のビールを手に入れてゴール地点を後にした。すぐにアルコールが回って少しフラフラしながら、荷物を預けた場所を目指した。すれ違う人がおめでとうと祝福を述べてくれた。
続々とランナーが帰ってきている。みんないい顔してる。

荷物預け場に行くと直ぐに荷物をくれた。そのままさっさと帰ればいいものを、気になったのでスタッフに質問した。
どうして、コース、距離、制限時間をスタートしてから変更したんだ?ランナーはコースに応じて準備してるし、それが変わるととても混乱するんだ。とくにトップ選手は最低限の装備なので距離が伸びると対応できなくなるかもしれないと。(自分がトップ選手代理のつもりか?このあたりはテンションが上がっていたので勘弁していただくとしても無礼な質問であったと反省。)
対応してくれた大御所と思われしき人物がたまたま携帯で日本の友人と電話をしていて、その人に携帯経由で通訳してもらった。(ややこしくてすみません。)その人によると、選手の記録に関しては、ほぼ検討しておらず、安全を最大限考慮して対応した結果が途中変更ということだとのこと。そうなのだ。運営側としては安全が確保できなければ途中で中止という選択肢もできたのだ。クールマイヨールで終わりということも検討されたかもしれない。スタートしてからも変わり続ける天候をチェックして、コースを確認、変更し新コースを検討、設置。マーキングして簡易エイドを設営し、時間を検討して制限時間を設定。というのをスタートしてからやってしまうのである。もちろん、最悪の場合中止という選択肢もあるが、安易にそのカードを切らずに何とかゴールまで繋げる運営側の努力に感謝すべきである。走らせていただいたのである。
そうであったのか。ありがとうと感謝の言葉を携帯で伝えて、訳者は携帯で大御所に伝えていた。
その後もしばらく大御所の親戚?やスタッフと話をした。
日本が好きだ。寿司は旨いが鯨は殺しちゃだめだ。UTMFで日本に行くと思う。などなど。
いい人たちだった。無礼な質問をしてしまい申し訳ないです、ハイ。

運営スタッフと記念撮影

日本で会いましょう!覚えているかな?

宿に戻ると、先にゴールしていたDさんとリタイヤしたTさんがいてゴールを歓迎してくれた。しばしビールを飲みつつ話し込んだあと、洗濯する荷物とともに風呂に入った。全部干して横になると、MさんSさんも帰ってきた。皆無事にゴールしていた。しばし話し込んでいると眠気が来てそのまま眠り込んでしまった。他の4人はその晩も街に繰出したそうだ。ゴールの喜びで街は賑わっていたそうだが自分は朝まで寝込んでしまった。

翌朝、Mさんが帰国のため朝一のシャトルバスで帰っていった。朝食後、街に出てみるとすでにUTMBは撤収され普段のシャモニーになっていた。空き地に駐車していた多くの車も無くなっていた。みんな昨夜のうちに撤収したのである。タフだなと感心した。
街をブラブラしてカフェでサラダとビールを注文し、さらにブラブラして時間をつぶした。気がすすまなかっが、シャモニーで日本食をだしている「さつき」で昼を食べた。(何を食べたか記憶に無い)日本人のグループ観光客も来てて忙しそうだった。
宿に戻り昼寝をして、夕方再び街に出てアメリカから来ているM夫婦とともに最後のシャモニーディナーを食べた。自分はエスカルゴをコースを頼んだが味はまぁまぁだった。M夫婦に別れを告げて宿に戻ると、なぜか走りたくなったので一人で軽くナイトジョグをしてみた。足指に痛みはあったが普通に走れて驚いた。山々から冷気が降りてきているのだろうかシャモニーの夜は冷える。

翌朝、朝食後に宿を清算しシャトルバスでシャモニーを後にした。帰路も同じくジュネーブからモスクワ経由で成田に帰国。途中ワインやビールを飲みすぎて寝てばかりだった。機内食は美味しくない。成田で食べたカレーがとても美味しかった。

UTMBは数年前から挑戦したいレースだった。トレイルを始めたのもUTMBがきっかけだった。いまではトレイルが大好きになったのでこのレースに出会えたことにとても感謝している。無事に完走できて目的は達成したが不完全燃焼な気がしている。最後にあれだけ走れたという余力の残し方はよかったのか?もっと走れたのではないかと今になっては少し後悔しているが仕方無い。もう一回走りたいか?と聞かれると、もういいです。次は観光で来てきれいな山々をゆっくり見たいと答えていたが、もう一回走りたいという気持ちも芽生えてきた。だが、UTMBに限らず見知らぬ世界の山々をもっと走りたいという気持ちのほうが今は強い。もちろん日本の見知らぬ山々も含めて。